2015 IRONMAN World Championship参戦レポート
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2015年10月10日 IRONMAN World Championship・Hawaii 今回が37回目を数えるこの大会。 今年は40の予選レースを7万人とも10万人とも言われる出場者の中、スロットを手にしたおよそ2300名の選手が、男子プロ、女子プロ、各エイジチャンピオンを目指し聖地ハワイ島コナに集結した。 Prologue 2006年 当時、日本最長と言われた日本海国際オロロントライアスロンのラストレースで無謀にもトライアスロンデビューした。 脱水の為、ヘロヘロでのゴールだった。 点滴してもらおうとヨロヨロと救護室へ向かう途中、 リレーの部で出ていたアダムと目が合った。 「お元気ですか?」 いつものセリフだ。 杉村 心の声 「元気じゃねーよ!」 (By 近藤春菜 ) 点滴が足りず羽幌町の病院まで救急車デビューまでしてしまった。 あれから10年。 IRONMAN World Championship 憧れのハワイ島・コナのビーチでスタートを待つ自分がいる。 アイアンマン・ハワイは自分の夢であり憧れであったが、決して目標では無かった。 なぜなら、同年代のハワイ常連選手の実力やトレーニングの量や内容を知るにつれ、軽く「IRONMAN World Championshipが目標です」とは言えなかった。 あまりにも高い壁だった。 ![]() 昨年のアイアンマン・ジャパン・北海道でマグレとマグレが重なった大マグレでスロットを獲得することができた。 逃した選手とは11時間弱のレースで僅かに1分30秒差だった。 レース直前、ある方からアドバイスを受け、シフトを電動化した。 それまではDHバーの先端に付けていたバーエンドコントロールなので、元来めんどくさがりの自分はあまりシフトチェンジしない方だったが、スムーズ&頻繁にシフトチェンジできるようになり、結果ランにも脚が残せた。 また、3週間前のショートのレースで、自分の確認不足でスイムアップの時、すでにタイヤがペチャンコになっていたこともあり、今回はそれを教訓に、スイムからランフィニッシュまで何度もイメージし、細かいことにもWチェックを徹底した。 すべてが良い方向に流れていった末の1分30秒先着だった気がする。 今後の人生でもう、ラッキーなことは残っていないかもしれない。 Swim スタート10分前、入水してゆっくりスタートラインへ。 最前列から10mほど後方へ位置取り、立ち泳ぎで待機する。 ルール上、ウェットスーツ禁止だが、海水の為、両手でのスカーリングやカエルのようなキックだけでも浮くことができた。 ![]() AM 6:55 文字通り号砲一発で男子エイジ一斉スタート 後方からのスタートなのと、先は長いのでショートのレースの様にダッシュしている選手は周囲にはほとんどいない。 多少バトルはあったが、200mほど行くとだいぶバラケタようだ。と、言うよりも、お互いマイナスになるので争わないという感じかな? 同じくらいのスピードの選手とパックで進む。 ヘッドアップもせず、コースもお任せで (^^ゞ 沖に行くにつれて右からのうねりが強くなり、呼吸のタイミングが悪い時、何度か ひっくり返りそうになった。 1600m地点に停泊している船を右に曲がる。ここで腕時計を見ると31分台だった。 自分としてはマズマズのタイムだったが、良かったのはここまでだった。 2、300m進み、さらに右に曲がり陸を目指す。 しばらくして今まで一緒に泳いでいたふたりがコースブイよりもずいぶん左にコースを取った。 スイムゴールのカイルア・コナ桟橋には7~8mもあるドリンク型のバルーンがあり遠くからでも何とか見えるのだが、この辺りはうねりも高く、周りも見えずらかったのでブイを見失ったと思い、仕方なく単独になった。(これが結果的に失敗だった) ![]() 知らず知らずのうちに流されて最短コースに入っていたのだろう。 15分遅れてスタートした女子エイジのトップグループが物凄い勢いで来た。 10人か20人かわからないが、たぶん、3800mを1時間切るくらいの“群れ”だ。 我がチーム内で例えれば、日下部コーチの“群れ”だ その日下部コーチの“群れ”に、 そう、襲われたという表現が一番近い。 頭から背中から全身はたかれ、モミクチャになった。 「あんた、ここにいるんじゃないわよ!」そんな声が聞こえてきそうだった。 今まで、平穏に「おぉ 海底にカメラマンがいるなぁ」とか、多少うねりがあって泳ぎずらいけれど泳ぎ切る自信もあったが、一気に余裕がなくなった。 ウェットスーツなしのバトルは厳しく、命からがら左にエスケープした。 その後も、またいつの間にか流され、1時間一桁の選手であろう、我がチームで例えれば、スイムお達者クラブの、飯塚、布施Jr,MAEさんの“群れ”に襲われた。 イワシの気持ちが少し分かった。 もうね。 スイムの速い人は嫌いです! ワールドチャンピオンシップの洗礼を受け、ヘロヘロでスイムアップ 3.8km 1:32:16 Bike およそ2,300台のバイクラックから自分のバイクを迷わず見つけられるのか心配していたが、まばらにしか無かったので危惧することはなかった。 (;一_一) バイクのメインコースはクイーンKハイウェイを北進してハワイ島の北端の街Hawi(ハヴィ)を折り返してくるのだが、その序盤、距離調整の様に一度、逆方向のクワキニハイウェイを往復してきます。 ![]() バイクパート始まって間もなく、早速“やらかして”しまいました。 距離と気温と日差しの強さを考えて、積極的に、定期的に塩分を摂ろうと思い、手探りで小物入れの岩塩とBCAAを掴もうとしたら、底のスポンジを掴んでしまった。 タップリ入れた岩塩をばら撒きながら小袋が、コマ送りで落ちていった… 頭の中が真っ白になった。 涼しい北海道の、しかも100km程度のライドでさえ塩を摂らない時は脚がつることもあった。 70.3世界選手権のラスベガスでは60kmで攣った、自称ツリ職人である。 30度を超える気温と強烈な日差しと180kmのレースでの塩分なしでは痙攣濃厚だ。 一度痙攣するとランにも影響が大きい。 エイドステーションで塩がないかと聞くと、「Here there is no salt」 (ここに塩はない)とか、「We don‘t have」(持っていない)と言われた。(ランコースにはあったけれど) ハイ、痙攣確定のランプが点灯しました! 終盤はサイクリングかな?と、凹みながら本線のクイーンKハイウェイを走る。 エイドステーションで一度止まり、ゆっくり水とエナジードリンクを補給した。 「?」 以外に水が冷たい。 もしかして、この水をかけ続ければ大量に汗をかかずに済むんじゃない? 塩がなければ、塩分を出さなければいいんじゃない? 神が降りてきた。 エイドでは頭からひざ下まで全身をビショビショに濡らし、もう一本をキープして途中でかけ水にする。 水は飲まず、わずかにナトリウムが入っているエナジードリンクだけを飲む。 時間はかかるが痙攣するよりは良い。エイドごとに止まってこれを繰り返した。 ![]() クイーンKハイウェイは溶岩台地の中に作られた道路で、道幅が広く周囲には建物がないので風も強く吹き抜け、一見平坦のように見えるが、 高速道路の様に急ではないがゆったりとした坂を繰り返し、累積標高は1770mほどある。 昨年のアイアンマン・ジャパンほどかな? ハヴィの折り返しまでは登り基調だ。 80kmほどだったろうか? 緩やかな上りだったが向かい風が強かったのでDHポジションのまま漕いでいたら、突風がきて路側帯にあおられた。 本線と路側帯の間には夜光反射プレートみたいな突起物が10mほどの間隔で設置されていて、それに乗り上げてしまった。 「どうか、リム打ちしてませんように!」と、祈ったが願いはかなわずRタイヤがつぶれた。 ここ数年、トレーニング中もレース中も、まぁ~パンクのすること(;一_一) スピードコンセプトではなく、パンクがコンセプトなんじゃないだろうか? ハヴィに近づくにつれ、小雨だったのが本格的な雨に変わった。 暑さが和らぐのでこのまま降り続いてほしい気もしたが、シールドが水滴で見えづらい。 ハヴィの折り返し正面に、ヒロコちゃん、赤浜ファミリー、妻が応援してくれていた …らしい。 折り返しポイントが横断歩道で、白線が雨でスリッピーになっていたので集中していたら応援に気が付きませんでした。 遠くまで来てくれたのに申し訳なかったです。 ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。 ハヴィから5kmほど戻ると雨も止んだ。 時折、横から突風が来るのでビビりながらDHバーとブルホーンバーを片手づつ、変則的なポジションを取りながら下り、追い風の中気持ち良く飛ばす。 時間の経過とともに風向きも変わり、またしても強い向かい風に苦しんだ場面もあるが、 「冷やせ冷やせ作戦」が功を奏し、時間はかかったが痙攣することなく180kmを終えることができた。 180.2km 6:35:53 Run トランジッションを済ませ、走りながらフューエルベルトのポーチに入っている岩塩を大量に口に入れた。 ジュワーーーと、身体の隅々に染み渡る気がした。 ほおばり過ぎてムセた… ![]() ランスタートはPM3:00を過ぎていたが、まだ日差しは十分強かった。 距離にして150mほどの心が折れそうな急坂を、函トラ応援団を含む日本人応援団に背中を押され、宿泊していたシーサイドホテルを右に曲がる。 第一の折り返しはケアウホウまでの片道8km。 この辺りは住宅街のようで街路樹も多く、日陰を選びながら進む。 エイドではウェアの中に氷を放り込み、フューエルベルトで留まった氷がガシャガシャ音を立てながら走った。 暑さを考慮して目標ペースは5:15/kmにした。フルマラソン換算で3:40:00だ。 最初からこのペースを維持できれば後半の落ち込みも少ないと思うのだが、バイク後はスピード感覚が狂っているのかなぜかペースを落とせない。 今回も入りの3kmが4:30/km台だった。 そうこうしているうちにガックリとペースが落ちてくるパターンだ。 ケアウホウを折り返しシーサイドホテルに戻ってきたときには徐々にペースが落ちていた。 クイーンKハイウェイに上がる、まるで “護国神社”前のような急坂を上がる。 ここはかなり堪えた。 歩いている選手もかなりいた。 クイーンKハイウェイに入ると、陽はずいぶん傾いたが、全く日陰の無い地面は今までため込んだ熱を放射している。 さらには最後の折り返しのエナジーラボ入口まで、どこまでもまっすぐ続く道、底をついた携帯ジェル、折り返してくる選手への羨ましさと焦り、まだハーフ以上ある距離とどんどん落ちていくペース。 いくつものネガティブな要因を探す自分がいた。 “ここは辛抱だ、辛抱だ”と、心で呟きながら走る。 (一瞬、辛坊治郎の顔が浮かび辛さが和らぐ) ![]() 太陽と水平線が一体になった頃、エナジーラボを折り返す。 30km地点でスペシャルドリンクを受け取り、カフェインたっぷりのメイタンゴールドを補給する。 一気に陽が沈んで涼しくなったのもあるが、これは効いた~~! ランパートに入ってからは抜かれることは少なかったが、(400人以上抜いたらしいが単にスイム、バイクが遅かっただけ) ひとりの欧米選手に抜かれた。 自分より少し年齢は上かな? 少し前傾姿勢だけれどリズムの良い走りだ。 ついていけるところまで行ってみよう! 良いリズムがこちらにも伝わってきて、自分なりに良い走りになってきたのが分かる。 今度は横につき、サイド・バイ・サイドで走った。 ペースも徐々に上がり、目標ペースくらいで次々、前の選手を両サイドからパスした。 数キロ一緒に走るとお互い意識してくる。(結局最後まで10km以上を並走した) エイドステーションで補給を摂り少し遅れると、親指をひねり来いという合図。 たまにポツリと、「You are strong 」とか「Very great!」と、言った。 しかし、こちらは気の利いた返しはできないので、「You too」(あなたもね)と、言った。 またしばらくして、「♯$%&○▲^¥=」と、言ったが聞き取れず、 とりあえず言っとけと思い、また「You too」と、言った。 「……」それからは話しかけてこなかったので、多分「You too」は的外れだったのだろう。 ![]() コナの街へ戻り、残り2kmほど。 あの“護国神社”の坂を転げ落ちるように下る。 普段だったら大腿が悲鳴を上げるような下りが不思議に痛みを感じなかった。 アドレナリンMAXだったのだろう。 ペースも5:00/kmを軽く切っている。 コナシーサイドホテル前で妻たちが応援してくれていた。 花道のアリィドライブは応援者のハイタッチを求める腕で両脇溢れかえっている。 今、憧れていたシーンがここにある。 今、憧れのIRONMAN World Championshipを完走という、 最高の形で、自分の夢が完結しようとしている。 こみあげてくるものをグッと堪える。 この花道はスピードを落として完走をかみしめながらゆっくりとゴールするもの。と、先輩達に教えて戴いたが、テンションが上がっていてそのままの勢いで走ってしまった。 ![]() ゴール前、後ろを振り返り、「Goodbye first time Kona、Thank you」と、手を振り、 ゆっくりフィニッシュ ゲートをくぐった。 42.2km 3:46:51 Total 12:05:21 DIV RANK 121 / 203 OVER ALL 1417 / 2312 全体を振り返ると、ああすれば良かった、もっとこうすれば良かったと思うところはたくさんあります。反省点だらけです。 ただ、自分のミスで、なってしまった状況、陥ってしまった状況の中でのベストは尽くせたかなと思います。 “Kona”は、実力的にこれが最初で最後だと思います。 これからもチャンスが来る来ないにかかわらず、自分磨きは続けようと思います。 現地で応援してくれた仲間、メール、LINEで応援してくれた仲間、レースを気にかけてくれた方、快く送り出してくれた職場の方々、皆さんに感謝します。 ありがとうございました。 ~杉村 保則~ My dream was complete here Next's you! 私の夢は、ここに完結した。 次は、君だ! |