| 大会前々日 (大会期間中一番長い一日でした) 7:30那覇空港発、9:30宮古島着、今年もお世話になる「みなくる荘」に到着。着いてみてビックリ!宿のべランダに応援垂れ幕があり、松丸選手らとともに大きな字で僕の名前が書いてありました。 これはぼくにはプレッシャーです。まじめにやらないと!さっそく宅配便で発送しているバイクを組み立て、バイクでスイム会場に移動。 到着後ウェットスーツを着用し、スイムコースの600m先のブイまで泳ぐ。ウェットスーツが少しキツイ! 海水浴もほどほどにして、バイクで帰る途中、新聞社のカメラマンに止められ、「花でつくったモニュメントをバックに走行してほしい」と言われ“写真を一枚カシャ!”その写真はカラーで次の日の朝刊1面に載っていました。 ついにモデルデビュー! 13:30宿に戻り、宿の選手と一緒に会場に移動し選手受付を完了。15:00宿に戻り休憩。 19:00開会式・ワイドパーティーに参加するため再び会場に移動する。会場のステージでは、沖縄の伝統民謡や地元のバント演奏などが行われ、会場内のビィッフェコーナーでは例のごとく郷土料理や巨大ケーキに人が群がり、まるでお祭りのようです。 20:00まだ会場が盛り上がる中、北海道選手には「宮古島どさん子の会」の計らいで歓迎会が用意されているので「どさん子の会」会場に移動します。すでに北見の須永先生などの常連メンバーが話に花を咲かしていました。 ここで年に一度会う北海道選手のほとんどが同じ顔ぶれで僕も含めて高齢化が進んでいますが、さすがトライアスロン選手は衰えを感じさせません。逆に若返っているのでは? 21:00この辺から「宮古島どさん子の会」が盛り上がる頃ですが、「みなくる荘」に宮古テレビが取材にくるため、21時には帰るように言われていたので会場を後にしました。 帰ってみると、宮古テレビのクルーがすでに待機していた。彼らの目的はなぜこんな ボロい宿 に招待選手(松丸選手21回大会優勝、昨年2位、飯干選手昨年9位、永倉選手50代連続1位)が3人も泊っているのか?探るためです。 居間ではカメラが回り、出場選手を問わず宿泊している12、3人が集まる中、社長(みなくる荘の陽気なオーナーで僕は社長と呼んでいる。 でも裏で操っているのは女将さんです)を中心に宴を囲み、ワザとらしく選手が大会への意気込みを語るなど、変な盛り上がりを見せていました。 どこまでTVで使われたかわかりませんがとてもいい思い出になりました。 大会前日は、レースに備えて坦々と過ごし、19時には夕食を済ませ、早く寝るように努めました。 大会当日 3:00寝不足のまま起床、3:30朝食、4:40会場に移動、社長の車で会場まで移動。 車内では社長の好きなド演歌が流れている中、僕が練習不足で弱音を吐いていると、同行している松丸君に「練習のつもりでやればいい」と励まされました。 なぜかその一言で気持ちが楽になった。さすだプロに一言は違う。今度は誰かに同じこと言ってやろう! 5:00会場到着、まだ薄暗い中たくさんのアスリート達がゴソゴソと準備して異様な風景。 6:30スイム受付完了、あとはスタートを待つだけ。おっと!またいつもの吐き気が!? 7:00スイムスタートは小泉元首相がスターターで少し話題になりました。いつも通り、最後尾の方からゆっくり入水。 まずは、600mm先の第一カーブのブイまで、テンパラないように落ち着いて泳ぐことが肝心。しかし、後方グループのバトルは、泳ぎが得意でない者同士で先を争っているため意外と危ない! 中にはまっすぐ泳げない人も多く、選手が何度も目の前をクロスしている。また先を塞がれた選手が立ち(泳ぎ)止まっても、後ろからどんどん突っ込んでくる始末。 おまけにいきなり平泳ぎされてびっくりするではないか!焦る気持ちを抑えながら600mブイをなんとか通過した。この時点で流れはそんなに気にならない。この調子で折り返しのブイに向かう。 この大会では、1700m地点の折り返しを50分まで通過しなければ失格になってしまうのでここからが本番です。とにかく無駄のない泳ぎに徹することにする。 特に私も蛇行するので真っ直ぐ泳ぐことを心掛ける。幸い宮古島の海は透明度がとても高く、海底に点在するサンゴや熱帯魚が確認できることから、進む方向と海底の目印を決めて泳ぐことでコースアウトを防ぐことができる。 また海底には50cm位の巨大ナマコがゴロゴロと転がっており、これがいい目印になった。巨大ナマコのおかげで順調に前進し、折り返し地点に難無く到着した。 しかし、折り返しは急カーブになっているため、選手が団子状態となり、軽いバトルになるので要注意。(昨年はここで少し海水を飲んでしまった。)無事に折り返しを通過して、あとは陸を目指してひたすら泳ぐだけ。 まだ体力に余裕があったので少しスピードアップ。今回はいつもよりも早くスイムフィニッシュ。 この時点で、すでにトップグループはバイクで20キロ先の池間大橋を通過している頃だが、こちらは慌てずバイクスタート。ここで制限時間から逆算して、ランに6時間残すためには、バイクで平均速度25Km/h以上必要である。 大会前のバイク練習では、約50キロ程度しか実走しておらず、ほとんどはスポーツクラブのエアロバイクを使った負荷トレーニング。これで平均速度25Km/h以上をキープできるか不安に思います。 ちなみに、今回バイクにセットしているドリンクは、黒糖リンゴ酢1L(450円)にアミノバイタル7包(約700円)を入れた。かなり味が濃いので一口飲むたびに、別のボトルの水を後から飲み込みます。 この効果はアミノ酸で体力を回復させつつ、酢にはクエン酸が多く含まれていることから痙攣防止なる。 また含まれているビタミンB1は、乳酸を効率よく排泄させ、ラン走り出しの太ももの張りを抑えてくれます。(と思い込んでいます)また、バイクにスニッカーズ(お口で溶けて手で溶けない)2個をテープで貼り付けています。 Aidでバナナをもらいスニッカーズを少し口に残してからバナナを食べると「キャラメルチョコバナナ」なり、口直しにもってこいです。 ちなみにバナナはエネルギーに早く変わりやすいだけでなく、カリウムが多く含まれているので痙攣防止になるそうです。 バイクは、天候に恵まれ順調に距離を稼いでいる。また昨年出場した佐渡大会の190キロや、古くはオロロンの200キロの“ケツの痛さ”を思い出し、なんとか精神力で乗り切りました。 それと途中でバイクに乗りながら「アア〜ッ!」って、わめいていた選手がいたのでマネをして大声出したのがよかった。(後の選手もやっていた)制限時間まで約7時間を残しバイクフィニッシュ。 着替えテントに入り、あわてずランの準備を済ませる。 今大会に向けたラン練習はバイク練習と同様に、ロードで1回走っただけで(しかも5キロ程度)、ほとんどスポーツクラブのランニングマシンを使っていました。 また、3月上旬にアイスホッケー大会で右ふくろはぎを肉離れ(軽症)させてしまい、大会までの1ヶ月間の走行距離は約150キロ程度(ランニングマシンで)でした。ちなみにランでフルを走るのは、昨年の佐渡大会以来です。 できるだけダメージを残さないで完走することが重要だと考えました。 ランスタート後、5キロ地点でトップランナーとすれ違うのは毎年のことでした。まずは松丸選手が現われるのを期待していたが、河原選手が必死に走ってきた。それから約3分後、すごい声援が沸き起こっている中、2位の松丸選手が猛然と走り込んできた。 彼は3年前に宮古島大会で優勝して以来、常にトップ争いを演じてきた大会の顔である。この島では彼を知らない人はいないくらい人気者であるが、去年と一昨年は優勝を逃し、彼には優勝しか許されていない。 僕のすぐ目の前を走る松丸選手に声援を送ったが、全く気づかず走り去っていった。やはりプロの走りは違うとつくづく思った一コマでした。 なぜか反省しながら走っていると、外国人選手が3人続いた後に飯干君が現われた。 道路中央によって声を掛けたが彼もやはり気づかなかった。後で二人に聞いたが、ほとんど前にいるランナーしか見ていないとのこと。 結局、レース結果は激闘の末、河原選手が優勝し、松丸選手が2位。飯干選手は6位(日本人3位)で上位入賞を果たした。 一方で僕は肉離れの再発を気にしながらのろのろと前進していました。ランの折り返し地点でちょうど10時間が経過していた。 まだこのペースならケガでもしない限り完走はできる。しかし、空が薄暗くなってきた頃、体に苦痛はないものの、心に変化が生じてきた。(長い時間、走っていると妄想しませんか?) それは「もっと力を出しきれるはずだ!」と思いました。そこでゴールの目標タイムを13時間以内に設定しました。これだと少しマジメに走らないと間に合いません。かなりスケールが小さくけど自分との戦いです。 〜面白くないので省略〜 いよいよゴールまで残りわずかとなり、13時間まで時間も迫っていた。後半は相当頑張って走ってきました。しかし、ゴール会場のゲートが見えてきたところで、花火がドーンと鳴り響いた。(これは制限時間まで残り1時間の合図で13時間経過を意味します) やられた!間に合わなかった。しかも、会場に入ると観客は花火に気を取られ、トラックを走っている僕に気づいていない! だが、そこで突如現われたのは、琉球民俗衣装に身を包み大きな旗を持った佐藤君(彼は選手ではないが昨年みなくる荘で知合った仲です)が登場してくれた。 さらにゴールまで太鼓を持ったチビッコたちを引き連れて伴走してくれました。これもとてもいい思い出になりました。 目標タイムに少し送れて13時間3分36秒でゴールフィニッシュ。 なお、このあと宮古島大会では、4種目のオトーリが待っています。これでいつも潰れます。 宮古島大会へのアクセスは、 行きは、木曜、18:00発函館〜羽田〜那覇に泊る、金曜日の朝7:30那覇発〜宮古島到着。 帰りは、火曜日の9:30宮古島発〜那覇〜羽田〜函館に18時くらいに到着 なお、航空券は超割など安いチケットを狙って自分で手配しています。 行きは金曜日17時までの選手受付に間に合うように予定を組みますが、いい時間帯のチケットがとれず、木曜日に那覇に泊って翌朝宮古島に移動します。 そのため5泊6日になってしまいます。ちなみにJALツアーで手配すると4泊5日で約15万(航空券+宿泊)だそうです。 |